September 10, 2005

人知れぬ気持ち◆怒りの所在

■人知れぬ
お気に入りの一つの漫画をさらっと読み返していたら、今まで気づかなかった部分に気づかされ、思うところが出てきた。

人知れぬ苦しみや悲しみを抱き、憎しみで自分自身を傷つけてしまう人。自分で自分の心に傷を負わせてしまう人。

こういう人は心根が半端なく優しい。私はこう思う。だから人間としてとても好きになる。

優し過ぎるから、周りに負担をかけることを気遣ってしまうから、自分で解決しようとして、自分に過度の負担をかけてしまうこともしばしば。そして悪循環に陥ってしまいやすいのかもしれない。

自分以外の他人に、心を開くこと、心を委ねれること、大事だなー。自分の弱さもすべてさらけ出せる強さ。弱さこそが実は強さなんじゃないのかな?

苦しみこそが実は限りない楽しみになったり。強さだと思っていたものが、見せ掛けで実は弱さだったり。好きだと思っていた物や人を、嫌いになったり。嫌いな物や人が、好きな人になったり。

・・・心が優しいからこそ、苦しみを感じれてしまうんだよね。それだから私は、周りの苦しんでる人に心を奪われたのだろう。

その優しさがこのせちがない世の中へ、光を放つ灯台になることは間違いないから。

心には心。
心に反応しない心は無い。
温めて温まらないものは無い。
注がれて溜まらない器は無い。
だから、「大丈夫」って伝えたいんだよ。

様々考えていると、つくづくこのように思った。


■怒の所在
怒りっぽい 頻繁に怒るときは
幸せから遠ざかっている人だと思う

怒りは二種類あると思う
エゴイスティックな怒り
他者のためへの怒り

人が怒るとき、私が怒るとき
これってどのときだろう?

不条理な不道理な我慢できない
怒りたくなることをされたから 怒る

しかしこうも言えないだろうか
元々内在しているものが有るからこそ 怒る

こう考えた場合は
怒りの理由がその人の中にあるわけだ

何であの人はこの部分で怒るのだろう
心を砕き丁寧に心の内を説明した場合ですら

わからない場合
わかってもらえない場合
わかろうとしない場合とある

余裕が無い人は
とても不快になり 怒る 放棄する
解決した気分を得るかもしれないが
錯覚 逃げているだけ
自分が見えていない人は相手も見えていない
これは壊すだけの身勝手な怒りだと思う

余裕ある人間は
前者の怒り方をせず
自分にとって痛い事柄を言われても
ありのままの平時の自分で受け答えが出来る

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yesterday

昨夜は気持ち悪くて・・・多分カフェインを久しぶりにタクサン取りすぎでした。なんだかDefって何?って聴いてきてくれたスウェーデンの人と平和について熱く深く語ること(Englishなのでキャパシティ足りへん)や、著作権について丁寧にメッセージで教えて頂けたりと、普段使わなかった頭を使う日でした。

投稿者 siam : 02:32 PM | コメント (0) | トラックバック

September 04, 2005

言葉は心よりいずる

Dear friends


ここ最近ずっと書きたく温めていた題材のひとつ


最初にこれからのことは、
当たり前のことを当たり前のように書いているだけなのかもしれない。けれども私には、新しい息吹として心に芽生えてきたこと。

言葉というものは、何らかの気持ちが“必ず”込められていると思うし、感じる。私は「何でこんなに温かい言葉を発せられる人なんだろう」と思う人と今まで何人も出会ってきた。反対の人ともそれなりに出会ってきた。そして今新たに感じたことがこのことだった。

議論でも理論でも定理でも理屈でも、批判でも感謝でも怒りでも憎しみでも、すべて何のどのような言葉にでも心が在りそれにより発せられるものばかりである。どのようなつもりでこのような言葉を発しているのかを、見抜くこと・感じること・わかることって大事なんだなと、つくづく思う。そして「心無い言葉」という言葉が存在することが、この考えを“正にそう”だって思わせてくれる。

心無い言葉をそのまま文字通り受け取り、傷つく必要は無い。心が無いものは、こちらの心で包み込んで返す。

心在る言葉は、心をきちん自分の開いて受け取りたい。受け取れないことは、重大な損失となるから。

相手と面と向かって話しているときでも、mixiのときでも、もっともっと“相手がどのように思っているのか”“言葉に乗せた相手の気持ち”を感じていきたい。新聞でも雑誌でもその意図を見抜きたい。小説でも映画でも、文字や映像の裏側の心の世界を感じたい。

同じ言葉でも口調やタイミングやその他様々な要因で変化する。一番大事なのは心を注いだかどうか。「心こそ大切なれ」。

私の7月1日のブログで、「何かあったときは こころで考えろ」と自分でも触れていた。マザー・テレサの言葉に同じようなものがある。今更ながら、ホントに今更ながらだけど、このことの重大さに気づき始めた。

・・・私は教養あらへん。

灰谷健次郎さんの本のどこかにあった言葉で、沖縄のおばあちゃんが子供に「何のために勉強するの?」と聞かれ「良い人になるためだ」と答える。これこそ教養ある人の言葉だろう。人間性の教養。
アインシュタインが言った言葉に「天才になるより、良い人間になる方が難しい」とあると聞いた。

この文章の中でも自分の拙さ至らなさを、とてつもなく露呈していることと思う。そして、今までの日記において自分で見ても、何てことを書いたのだろうと思う箇所がいくつもある。が、それはそのときの自分から出た言葉であったはず。マイミクの皆さんへのコメントやメッセージにおいても、同様のところがあるはず。これから頑張る、なんていい訳にもならない言葉だが、それしか出来ないので、それをする。

普段は無意識の感覚でやってることを、わざわざ書いただけな感がとてもとてもあります。
ただ、書いてみて自分自身が感じたことは、子供の鋭敏に本質を感じ取れる心と大人の熟成した包容力の在る心を共存させいき、一言一言、心を意識させた言ノ葉を創り、これから接するすべての方々に自分らしく接していけれることを強く意識しました。

私は、ここに書いているより遥かにそれ以上の言葉を放つ人を見てきた。本当に尊敬します。この心もって、なっていない自分を奮い立たせたい。

そしてやはり自分を取り巻く様々なものを逐一味方につけ、素敵な人々ともっと出会って、ただひたすらに素晴らしい影響を受ける!mixiでも他でも何でも、実際に影響を受けれるモノへ変えていく。


私の敬愛する皆様は、どう思われたことでしょう?


平和の心を込め
PCE
Masataka S.

投稿者 siam : 09:32 PM | コメント (0) | トラックバック

July 23, 2005

愛って?

愛ってなんなんだろうか?なんて人の日記の影響を受けて考えてみる。さんざんに考えたことなのだけど、いくら考えても結論なんて自分自身で得るしかないものだよね。これを見て多少なりとも考えるきっかけになってくれたら、幸いです。

このテーマはとても大きい。特にTVドラマをの題材で、たびたび恋愛が人生の最大のテーマのようになってきているような、自分の社会においては、さらにさらにとても大きいんだよなー。

本日、日記のコメントとしてこんなことを書き込んだのだけど・・・

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難しいね。年齢と共に変わってきているかな。理想が高くて(内面的なもの見るから)、恋に恋していた時間が長いような自分だけど、大学時代からすっごい尊敬できる人にあって、好きになれる人が出てきたんよね。そんな感じで付き合った人ってmimiちゃんに比べれば少ないだろうから、大したことは言えないだろう。

でもね、最近は、好きだけじゃなくて、愛したいって思うようになってきたかな。見返りなしで人を好きになるってことが、わかってきたから。

そうだねー、自分も同じ様なことを4~6月にかけてめっちゃくっちゃ考えていたんだよね。すっごい悩んだしすっごい辛かったし苦しかったんだけど、その苦労のお陰で自分自身が深まったと思うんだよな。

「愛したい」と「愛してる」は違うね。。「愛したい愛」は勘違い。「愛してる愛」は難しい。何となくこういう風に思うようになったんだ。

1つだけ
多分じゃなくて確信を持って言える事があるのだけど
mimiちゃんが、本当に今の自分が愛したくて愛している人に出会うのは、これからだよ。

理由は、自分流に言えばだけど、恋じゃなくて愛を求めるようになってきたって感じるから、ね。

愛は自分のことを結構知らないと生みだせないものかも知らないね。愛には人それぞれ色々な形があるだろうけど、ね。mimiちゃんは、海外に行って自分を見つめる機会がとてもあったのじゃないのかな。一人で海外に一年間だなんて想像するだけでも大変だもんな。

「決めること」って、とても勇気がいる決断だね。その勇気が恋愛もそうだし、他もmimiの周りを色々と動かせていけるものだと感じているよ。
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マジ何もたいそうな事を言えるやつじゃないんだけどね。

そうだ、学生時代に友達に聞いた事を思い出した。
友達のお兄さんが奥さんに出会ったときが、
「すっごい自分が頑張れていて最高の時」だったんだって。
この言葉が印象に残っているなぁ。

自分が本来の自分として居られている時に出会う人、
自分が見てほしい自分を見てくれる人

逆に、
落ち込んでいる時に励まし続けてくれた人
傍にいてくれた人

・・・とってもどちらも良いよね。どちらもわかる気がするなぁ。
同じ愛という言葉でも、
自分が求めている愛とか・・・、
自分が愛したい人って・・・

愛って
自分の枠を超えたところにあるのかもしれないね。
喧嘩しても想えたり、
自分がどうしても駄目だって事でも我慢出来たり
あの人となら一緒に乗り越えて行けたり・・・
それでも・・・どうしても愛したい。どうしても愛しちゃう。
こんな感情?

今の私にとってはこのようなものが愛かな。

そして私は今、余裕があるので、
この私の愛だったり心や感情を
他の様々なものへの興味や関心に変えて
世界の様々な問題へ目を向け、
実際的に行動するパワー
とすることが大事だと感じています。

(愛とはちょっと違うけど)
もっともっと心で感じれるようになって
その心から動きたいんだ!

投稿者 siam : 10:26 PM | コメント (0) | トラックバック

June 23, 2005

理由が不明な憂鬱

とあるトピックで話し合われている掲示板からの転載です。何回読んでもとても考えさせられます。

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>Aさん
初めまして。

私は1ヵ月半ほど前から憂鬱な日々から抜けだせなくなりました。

特に先週の1週間はほんとにきつく、急に訳の分からない不安が押し寄せてきて、呼吸が苦しくなったり、吐き気が出たりを何度か繰り返していました。出勤している時はこらえていましたが、1人の時などは泣きじゃくってばかりいました。医療機関に行こうとも思ったのですが、そのことを恋人に話した時、「俺は何のためにいるんだ」など言われ、ためらってしまいました。

けれど、この間仲の良い友達に久しぶりに会ったおかげか、今は大分楽になりました。けれど憂鬱な部分が完璧に抜けた感じはしなく、微熱がずっと抜けなかったり、寝ても疲れが取れなかったりしています。このくらいでも行ってみた方がいいのか迷っています。

アドバイスお願いします。
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>Bさん
憂鬱と脱力感、怠惰感が最悪になって、限界だ!と思って、
心療内科に飛び込みました。

医師は、真摯に受け止めてくださり、
恋人にも見せられない、話せない部分をさらけだせましたし、
薬もすごく頼りになりました。

通い初めて1年。
まだまだ、完治はしてないですが、心のよりどころが
見つかり、自分への接し方もわかってきたつもりです。

でも、まだ、呼吸ができなくなったり、動悸がしたり、
自傷行為をしてしまったり、ひどく落ち込んでしまったり。
でも、病院には、先生がいてくれる。と思うと、
すごく安心です。

私も彼は、最初は、すごく嫌がっていました。
『薬飲むな!』と、怒っていましたが、
『私には、病院も薬も必要なの。心身共に健康な私で
あなたと仲良く暮らして行きたいから。あなたが大好きだから
早く治りたいの。』と冷静に話したら、しぶしぶ納得して
くれました。
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>オグさん
参考になるか分かりませんが、わたしも自分の場合です。
わたしもAさんやBさんとほぼ同じ症状でした。
普通の内科に行っても原因が見付からず、
そこで勧められて心療内科へ通い始めました。

お医者さんは本当に真剣に聞いてくれて、とても楽になりました。
症状の原因が分かったことが安心したし、薬もよく効きました。

お医者さんに行っていいと思いますよ。
心療内科とかって、別に特別な病院じゃないですもん。
風邪で微熱が続いたり、ちょっとお腹が痛い時も、「念のため」とかって近所の内科の医者に行ったりしますよね。
それと全く同じだと思います。
お話をするだけでもいいと思いますよ。

>「俺は何のためにいるんだ」
これ、まったく同じことを言われました。
恋人とお医者さんは別ですから、上手に説明出来るといいですね。
わたしは「骨折や盲腸を一般人は治せないでしょう?専門家のところに行くでしょう?」と説明しましたが。。。
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>ねこねこさん
そのような症状が続く場合は、私はまず医療機関に行かれる事をお勧めします。そして、できれば並行してカウンセリングも受けられたらいいのではないでしょうか?

彼氏には、Aさんの状態を理解してもらうことが必要ですね。まわりの大切な方に理解してもらえないほど、辛いことはありませんから。ご家族や周りの方に理解してもらうことが、回復の近道でもあります。

彼氏に理解してもらう方法としては医療機関に一緒についていってもらって、医者に説明してもらうとか、カウンセラーに説明してもらうとか、方法はいろいろあると思います。一人で悩んでいないで一日でも早い受診をお勧めします。
そのような症状が続く場合は、私はまず医療機関に行かれる事をお勧めします。そして、できれば並行してカウンセリングも受けられたらいいのではないでしょうか?

彼氏には、Aさんの状態を理解してもらうことが必要ですね。まわりの大切な方に理解してもらえないほど、辛いことはありませんから。ご家族や周りの方に理解してもらうことが、回復の近道でもあります。

彼氏に理解してもらう方法としては医療機関に一緒についていってもらって、医者に説明してもらうとか、カウンセラーに説明してもらうとか、方法はいろいろあると思います。一人で悩んでいないで一日でも早い受診をお勧めします。
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>リタ★リンさん
「俺は何のためにいるんだ」
なんて気持ちはわかるけどある意味無責任な発言ですよね。
「俺がいるから」的な考えは傲慢。

恐らく多分医療機関に行かれると自分の立場が無いって
少し感じているのではないでしょうか。
彼氏としてのプライドとかありますしね。
でも感情的になっても解決しない。
Aさんが混乱するだけ。

彼氏さんには大変失礼は発言で、申し訳ないです。
でも彼氏がいても人間一人一人違うし、心の問題もまた別です。

そんな風に逆上されたら逆効果だし、
もっとおおらかに心内を受け止めてもらう事が
最も必要なんじゃないかと思います。

私は自己治癒したことがありましたが結構長くかかりました。
色々工面しましたが、その中で重要なのは
結局カウンセリングする、いわゆる
自分の気持ちとか、心内をなんでも聞いてもらえる人が
必要なんだと思います。

そういう面で、Aさんと同じようなケースを抱えた
患者さんを扱ったことのある医療機関の先生に見てもらったほうが、いい解決方法を見出し、導いてくれると思います。

行くまでは勇気がいるし、恐れもあるかも知りませんが、
行ってしまえばもう大丈夫ですよ。
Aさんを受け止めてくれますよ!
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>たっちーさん
こんにちは。私と症状がとっても似てます。
彼との会話も似てる・・
どうしようもない不安が押し寄せて、泣き出したりね。

私の症状を少し。
私は4ヶ月間、毎日微熱が続き、体中が痛くて、風邪のような状態が続いてました。
喉の膨らみ、異物感も感じられます。息苦しいです。
酷い時は胃までふくらみを感じたりしてます。
大学病院でいろいろ検査しましたが、どこにも異常がなく、あらゆる先生に心療内科を薦められました。

家の近くにある心療内科に通い、そちらで処方された薬を飲んだら、あっという間に熱がさがってしまいました。
風邪薬でも効かなかったのに。
精神的なものからきてたようです。

心療内科に通うのはなんの抵抗もありません。
一度、通ってみるのもいいと思いますよ。先生とよく話し合ってみてください。

私も彼氏とカウンセリング行ってみたい。。
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…これがすべてじゃないのはもちろんですが。

まず言いたいのは、当人も回りもみんな…もうちょっと理解があればなあと思うんだよね。自分が悪いからそうなってるのじゃないんだもん。本当にここだけは知って欲しい。じゃないと本当にやるせない。自分は周りにそういう人がいっぱいたから移って鬱になっただけだったみたいなので、カウンセリング受けた経験はないのだけど、別件で友達のことでの悩みで相談はのってもらったことあるんですよ。その時思ったのが「ああ相談しておけばもっと楽だったのにっ」と。医療機関にいくのに抵抗…自力でなんとかするんだっていうプライド?があったから行く機会逃したってのもあるのだけど。一通り経験すると、やっぱこうなんですよね。

聞きかじった話ですが、日本人の7人に1人は潜在的な鬱をもっているとからしいのだけど、なんでまだ無理解な人が多いのだろう。。。

投稿者 siam : 04:52 PM | コメント (0)